リーン開発の理論と現実のギャップを学び実践する
トヨタのリーン開発手法の話は良く聞くけど、どうやって実践するのか?
世界で勝ち続けるトヨタの開発手法は、実際のトヨタの開発方法をもとにアメリカ人研究者によって体系化されたものだ。多くの企業がリーン製品開発手法を学び、導入することで開発組織の諸問題を解決しようとする。理論として理解できても、実際に問題を解決し、事前よりも開発の効率化を果たしたり、収益向上という成果を勝ち取るのは容易ではない。具体的にどうやって実践し成果に結びつくか知りたい。
トヨタ式リーン開発は、よくよく調べると、アメリカのトヨタ研究者などが調査して体系化したものなのです。だから理論としては立派ですが、実践するには、内容を良くかみ砕いて、自社の環境や事情に合わせて本質的なメリットを享受しなければなりません。
そのための方法は以下の通りです。
- 理論からリーン開発の本質を学び、重要なポイントを押さえる。
- 実施例やトヨタの実態などから、実践するための条件を理解する。
- トップを巻き込んだ組織改革戦略を立てて実行する。
本記事の内容
- トヨタ式リーン製品開発の理論
- 実践し成功するための条件
- 戦略思考力の鍛え方
- フューチャーシップが提供するリーン開発教育
トヨタ式リーン製品開発の理論
トヨタの開発手法は、トヨタが世間に公開したということではなく、アメリカのトヨタ研究者たちから発信されたのが始まりと言われています。
トヨタの研究者としては、ミシガン大学のジェフリー・ライカー教授が有名で、「ザ・トヨタウェイ」や「トヨタ製品開発システム」などは、日本でも広く読まれています。
ライカー教授の「トヨタ製品開発システム」の中でもリーン製品開発手法が説明されているのですが、元を正すと、ライカー教授の部下のアレン・ウォード助教授が、自身が開発したセットベース開発と同じ考え方の設計手法をトヨタが実践していることを知り、ミシガン大学の学生たちをトヨタに派遣して、トヨタの中に入って開発プロセスを詳細に学び、アメリカに持ち帰って体系化したものが、最初はアメリカで広まっていったというのが歴史的背景です。
アレン・ウォードはリーン製品開発手法を体系化したのち、リーン開発のコンサルタントとしてアメリカ国内で活動を始めますが、2004年に飛行機事故で亡くなってしまいます。
アレン・ウォードの死後、周囲の人たちの尽力で「Lean Product & Process Development」という本が出版され、その本をベースに再び、アメリカ国内でリーン開発手法が広まっていきます。
ハーレーダビッドソン、ゴルフクラブメーカーのPING、検査機メーカーであるテラダイン・ベンソスなどがリーン製品開発手法を導入し、成果を上げていきます。
このとき、アレン・ウォードの意思を引き継いだ人たちが、リーン開発のコンサルタントとして活躍してきたわけです。
リーン製品開発手法の主要な要素は、
- セットベース開発
- チーフエンジニア制
- A3報告書
ということになります。
参考記事:
セットベース開発に関しては、セットベースという言葉自体はトヨタで使われているものではなく、アレン・ウォードの作った言葉なのだと思われますが、内容は、方式を一点突破で決めて開発を進めるのではなく、複数の代替え案を残しながら、「知識」を積み上げる、あるいは未知のことに対する学習をしていきながら、方式を絞っていくという考え方の開発手法になります。
リーン開発手法の中では、「知識」ということが重要な要素として使われます。
わからない、知らない知識を習得していくのが技術開発であって、製品開発も同様に知識の積み上げをやりながら、顧客が本当に望む製品を生み出していくという思想になります。
いわゆる要素開発と製品開発を分けるというのとも少し違って、基礎研究結果をベースに製品開発を行う場合でも、顧客価値に関する知識、製品を作り上げることに対する技術知識、目に見えないリスクなどをすべて未知の知識として、製品開発サイクルの中で積み上げていきます。
チーフエンジニア制については、日本でも古くから知られています。
いわゆるプロジェクトマネージャーの位置づけなのですが、トヨタのチーフエンジニアは単なる開発のリーダーということではなく、企画、設計、生産、購買、営業からサービスまで、その車種に関する全責任を負う、いわばスーパーマン的な存在です。
色々な企業が、トヨタのチーフエンジニア制を真似しようとしますが、名称だけは真似できても、実態は開発リーダーの域を出ないばかりか、下手をすると、部門間の調整をするだけの人になってしまっているケースも多いようです。
チーフエンジニアを継続的に生み出せる土壌というか文化がトヨタの強みなのだと思います。
A3報告書も書籍等で紹介されることも多く、トヨタの方式として認知されています。
ただ、1980年代ころには、日本企業がこぞってTQC活動を進めていて、多くの会社でA3報告書を会議資料などに使っていたように思います。
A3報告書は、単にフォーマットをA4からA3にするということではなく、一枚にすべてを書いて、相手に短時間で正確に意思を伝えるということが大きな目的になります。
トップ報告で5分で内容をしっかり伝える、あるいはA3の内容を組織内で再活用することを目的に、多くの人に正確に伝える、ということが大切です。
得られた「知識」は、個人のものではなく、組織全体のものであるという考え方が根底にあって、同じことを繰り返さないことによる組織としての生産性を向上させることになります。
理論を学ぶことは非常に重要です。
ただし、形だけを真似ようとすると失敗します。
チーフエンジニア制やA3報告書などは、形だけを実践してもまったく恩恵を得ることはできません。
そういう失敗事例もたくさん見てきました。
まずは理論から、手法の本質を学び取ることが大切です。
どういう考え方を導入すれば、何がどう変化するのか、それは何故なのか?
この「何故なのか」までを深く追求して、初めて理論を使う準備が出来たと言えると思います。
参考記事: 「トヨタのリーン製品開発から学ぶ本当のナレッジマネージメント」
実践し成功するための条件
トヨタのリーン開発手法を実践した例として、弊社ではアメリカのテラダインベンソスの事例を紹介しています。
この会社の社長だったRon Marsiglioは、熱狂的にリーン開発手法を信じ、コンサルタントを雇ってトップダウンで改革を進めました。
改革を始めて2年後に、Ronは、開発のトップとしてBob Malvinを採用し、RonとBobの二人三脚で改革を完成させたのです。
リーン開発の改革は、最初のモデルプロジェクトで成果を出すのに2年間、その後、全社の開発プロセスをリーンの形に変革するのに3年、つまりトータル5年かけて改革を成し遂げます。
Bobは、この改革の経過、どんなプロセスを作ったか、どんな苦労をしたかを「Knowledge Based Product Development」という本に書き残しました。
最初にモデルプロジェクトでリーン開発のプロセスを実行し、一通りのプロセスを体験して成果の出し方を理解しながら、実践するときの課題なども理解していきます。
最初のモデルプロジェクトは限られたメンバー、すべてが特別扱いで、もちろんトップの手厚い支援の元で行われます。
やはり大変なのは、全社のプロセスを改定して実施していく段階だと、Bobは振り返っています。
やり慣れた手順や、染みついたルール、考え方を根こそぎ変えていかなければなりません。
従来からのやり方でどうしても譲れない部分もあります。
手法ややり方をすべてをデッドコピーするのではなく、本当に必要なものを、自社の環境や事情に合わせてインプリしていくには、手法の本質を読み切った上でないと出来ないのだと思います。
2013年にBobと面談する機会があり、彼がいくつかポイントとして挙げていたのは、まず、開発者自身が顧客のところに出向いて、顧客価値を自ら考えるという文化を作るのに、営業現場などからの抵抗もあったと言っていました。
わからない「知識」を宣言していく考え方は、新人教育から取り組み、組織全体に未知の「知識」を学習する考え方と文化を広げていったことを誇らしげに話してくれました。
5年間の改革実践から3年経っていましたが、チーフエンジニアの育成は道半ばだと、チーフエンジニア育成の難しさを語ってくれたのも印象に残っています。
テラダイン社の事例からわかる、実践して成功させるための条件は以下の3つだと思います。
- トップのコミットメント(現場任せでは絶対に成功しない)
- 文化やルールを変える重要性を全社で理解する
- 制度やプロセスを形だけでなく、中身の本質を移管する
この段階で、理論とギャップの違いを十分に認識することが大事だと思います。
また、テラダインの事例から学ぶべきなのは、製品開発革新を成功させるにはトヨタの真似をするという認識を捨てて、トヨタや成功している他社から学びつつ、自社独自の開発システムを作るという意識を持つべきということです。
参考記事: 「製品開発革新はトヨタの真似でなく独自の開発システムを作り出す」
組織改革戦略を立てる
理論と現実の違いを考えると、組織改革のためには確かな戦略が必要だと考えてください。
特にテラダインの事例でわかるように、最も重要なことはトップがどれだけ本気で改革に参画しているかだと思います。
改革は大事だけど、「後は任せた」的なトップだと、改革は絶対にうまくいきません。
なぜなら、手法やプロセスをテクノロジーのように採用するだけでは改革は成立しなくて、ルールや文化を根本から変える必要があるからです。
改革を成功させるためには、以下の4ステップが必要です。
- 現状を明確に把握する
- 達成する目標・ゴールを明確にする
- ゴールと現状のギャップを埋める手法の本質を理解し、方針を決める
- ゴール達成のための障害、副作用を予め認知して行動計画を立てる
現状分析、ゴール設定とそのギャップを埋める基本方針を決めて、リスクを予測した上で行動を起こします。
トップのコミットが必要なのは、特に4に対する対応です。
ルールを変える、文化を変えるためには、現場がどんなに頑張っても限界があります。
ゴール達成のための障害や副作用は、企業ごとに状況が異なるものと思います。
既存のやり方、拘り、組織間の力関係などに深い考慮が必要です。
まず、企業ごとに課題と捉えていることが異なります。
項目としては共通のものがあっても、優先順位は違ってくると思います。
例えば、開発期間をとにかく短くしたいという課題を第一優先に挙げる会社と、これまでの延長線上でない顧客価値の高い製品を継続的に生み出す組織に変えたい、ということをメインの目的にする会社では、改革のアプローチも変わってくると思います。
また、既存の開発プロセスをそうは簡単に変えられない、という事情もあるかもしれません。
チーフエンジニア制を強力に進めるには、いわゆるフェーズゲート式で、各部門長がリレー式に責任のバトンをつないでいくやり方は、根本から変える必要があります。
チーフエンジニアと技術部門との関係性は、いわゆるマトリクス型の組織運営に関わる問題ですが、チーフエンジニアが技術部門に遠慮するような組織構造では、開発そのものがうまく行かないのですが、その力関係は組織図の構造だけでは理想通りに行きません。
トヨタのチーフエンジニア経験者の話なおを聞くと、組織構造上はチーフエンジニアにはまったく組織権限がないのですが、実態としては、強い発言力を持っているようで、これは組織文化であって、また強いチーフエンジニアが育つ土壌があって成り立つことだと言わざるを得ません。
このような文化的な改革、組織構造上の障害、あるいは開発プロジェクトの権限とトップ決裁の関係など、詳細にわたったシステム構築が必要で、ゴール達成までのシナリオを方向転換の可能性まで考えて計画する必要があります。
フューチャーシップの改革の進め方は、上記1~4までのステップで、TOC(制約の理論)の問題解決フレームワークを使いながら、現状分析、ゴール設定、リーン開発手法の活用シナリオ作成、障害や副作用の事前予測と対応策を埋め込んだ計画立案を行い、実践していきます。
フューチャーシップが提供するリーン開発教育
リーン開発実践セミナー
- リーン製品開発の理論
- リーン製品開発導入事例
- 自社での導入方法
トヨタのリーン製品開発手法の本質を捉え、
若手エンジニアのモチベーションによる改革を目指し、
トヨタの真似でない独自の世界観で
組織改革に挑む姿を描いています。
詳しくは、「製品開発組織の常識をぶち壊せ!!」出版のご案内を参照ください。
投稿者プロフィール
- フューチャーシップ(株) 代表取締役
技術者のキャリアアップ請負人。日米複数の製造業で製品開発現場30年以上の経験、エンジニア育成の経験をもとに、エンジニアの活性化を通して日本企業の再生を目指し奔走中。
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フューチャーシップ(株) 代表取締役
技術者のキャリアアップ請負人。日米複数の製造業で製品開発現場30年以上の経験、エンジニア育成の経験をもとに、エンジニアの活性化を通して日本企業の再生を目指し奔走中。