QCD (品質、コスト、納期)目標の必達という言葉は、製造業では頻繁に使われます。

魔法の言葉のように、様々な部署の方針の大きな部分を占めます。

誰も文句のつけようのない、素晴らしい言葉ではあるのですが、近年企業で様々な不正や品質問題が起こっているのは、この魔法の言葉にあまりにも頼りすぎて、この言葉の陰に隠れたジレンマにまんまとはまってしまっているように見えるのです。

「すべての人は悪い人ではない。」

これは、TOC(制約の理論)での前提条件です。悪い人ではないけれども、人の行動が問題を起こしてしまう。

そして、問題を起こす人の行動は、組織内のジレンマ(対立構造)によってまったく悪気なく、正義の行動となって現れるというものです。

なので、この組織内のジレンマ(対立構造)を明確にして、そこに手を打たなければ問題の本質は解決しない、というのがTOCの思考プロセスになります。

私は、QCD必達の裏に、このジレンマが隠れていると見ています。

コストや納期は、具体的な数字が入ります。なので、目標は明確です。

それに対して、”品質”とは、もしかするととても曖昧な言葉ではないでしょうか?

企業には、おそらく品質基準なるものがあって、その基準が数値化されているという反論を受けるかもしれませんが、確かに数値目標化されているかもしれませんが、仮に数値化されているとしても、コストや納期の目標と比べると、主観的な要素が入り込みやすい曖昧さが残ります。

何が言いたいかというと、”品質”目標に関する主観的な操作が入り込みやすいということです。

さらにもっと重要なことは、組織内の評価ということです。

現場の行動は、現場マネージャーの評価基準によって決まります。そして現場マネージャーの行動は経営陣の評価基準に左右されることになります。

さて、QCDが本当にすべて均等に評価されるか、ということを考えてみましょう。

C(コスト)やD(納期)は、明確な数値です。そして企業の収益に直結します。なので、トップ経営者から見ると本当にまったなしの要求になります。

ところが、Q(品質)は、C,Dに比べると曖昧さがあり、経営陣からみても収益に直結してるかというと、実は大きく直結してるものの、主観操作によって一歩優先度が下げられてしまうのです。

納期を守れ!コスト必達だ!

出来ないというと、「出来る方法を考えろ!」と経営陣は激を飛ばします。

現場→現場マネージャー→経営陣というコミュニケーション構造の中で、品質問題のために納期が遅れる、あるいは品質問題のためにコストが達成できないというのは、まったく聞き入れられない”言い訳”として処理されていくのです。

追い込まれた現場がどうするか、これは火を見るよりも明らかです。そう、主観操作で品質基準を緩めてしまうのです。これが一番簡単で、追い込まれた状況では唯一の解決策になるというわけです。

また、現場マネージャ自身も、品質に関する評価は後からくるので、自分が組織で評価されるために、どうしてもC(コスト)やD(納期)を優先して組織運営を行うような傾向が出てきます。

三菱自動車や神戸製鋼のデータ改ざん、日産自動車の無資格者による最終検査など、コストや納期、つまり目に見える収益と直結する要素を最優先にし、品質は”問題にはならないだろう”という主観操作によって、現場感覚としては正当性を持って優先度を下げられていくわけです。

経営姿勢そのものの問題ではありますが、企業全体に広がる価値観のバランス欠如が問題の根本にありそうです。

冒頭のQCD必達という魔法の言葉は、これを言っておけば、3つの要素が必ず守られるし、企業姿勢として正しいものだと思いこんでしまうという危険があるということです。

ただ、これらの不正事件を、当事者が悪いんだ、と考えている当事者以外の企業の経営者に言いたいのは、このQCDの裏にあるジレンマはどの企業にも潜むリスクだと考えて欲しい、ということです。

「すべての人は悪い人ではない!」

これは、三菱自動車、神戸製鋼、日産自動車、すべてに言えます。そして、その他の大多数の企業にも。

このQCD必達の裏のジレンマに、日本企業全体として取り組んでいただきたいと思います。

 

 

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